EXPO'85サイエンストレインが保土ヶ谷に来るというので出かけました。
1985年2月23日でした。もう21年前の話です。
1985.2.23(土)保土ヶ谷
1985.2.24(日)保土ヶ谷
品川 保土ヶ谷
回9841 7:25 ---> 7:55
回9844 17:33 <--- 17:05
2月24日は知りませんが、2月23日はEF58−61が牽引でした。
それも、2月18日(空気貯に書かれた日付)に大宮工場から出場したばかりでピカピカでした。
このとき、機関車が止まった位置は良くなかったのでした。 右側の運転室横(1エンド)が電信柱。
撮った写真は何故か白黒だけでしたが、4本程度撮りました。
現場に居たのは列車到着前の7時頃(7時55分に到着)から11時過ぎまででした。
到着後、機回し、所定の留置線へ入れ替えをしましたが、入れ替えの時、歩道橋へ行って
上から撮影しました。機関車は下り方が2エンド側でした。
目に付いたのは、正面の2枚窓の水切りが少し変わったことでした。
ワイパーの付け根の部分が半円形で上に飛び出ていましたが、
これが無くなって一直線になっていました。
帰りには、電車の窓から上りで横浜駅へ行き、下りでも窓から撮影し、そのまま帰宅しました。
更に昔の1978年10月9日にもピカピカで試運転を撮影していますが、これは動いてたので
直ぐ側で撮るという訳にはいきませんでした。
調べてみると、これは全般検査後の試運転ではないようです。
撮影した写真から、この辺りの年代のEF5861の全般検査の年月は
昭和51.9 (1976年9月)
昭和55.9 (1980年9月)
昭和60.2 (1985年2月)
となっています。
1978年10月2日改正のダイアグラムを通過時刻で照合すると次の運用になります。
品川 --(単試6993)--> 湘南貨物 --(単試6994)--> 品川
品鶴線・東海道貨物線(この時点では横須賀線電車はまだ東海道線を走っていた)経由です。
更に調べてみると、この年の10月13日に原宿−高崎間で長野国体のお召列車を牽引してい
ました。