EF13について 太平洋戦争中の貨物機の不足を補充するために、数年使えればよい戦時形の機関車として製造された。 結局、1944年10月から終戦までに7両が製造され、更に1947年4月までに24両が製造された。 原型は車体が凸型で鋼材や銅を節約して製造された。高速度遮断機の代わりに断流機を採用、その他部品 の省略や簡素化が計られた。このための粘着重量不足を補うためにコンクリートブロックを積んでいた。 これを是正するために1948年度に高速度遮断機設置を含む大改造が行われ、それ以後も1951年度 位まで改造が行われた。 更に、1953年から1957年にかけてEF58形の旧車体を載せ替えた。 これにより、車体が1947年度製造のEF15と似通ったものになった。 このなかで、25号は側窓が1つ少ない変形機となっている。 なお、車体側中央のナンバプレート下にある銘板は改造会社を示す銘板のようです。 EF16は製造所と改造所の銘板が並んでいました。EF13の旧車体時代の写真を見ると製造銘板は 付いていませんが、これも資材の節約だったのでしょうか。 諸元 車軸配置 機関車重量 動輪上重量 最大長 最大幅 パンタグラフ 固定軸距 折りたたみ高さ ----------------------------------------------------------------------------- [1-C]-[C-1] 99.0t 84.6t 17.5m 2.8m 4.03m 4.24m 出力 最大運転速度 主電動機 台車形式 制御方式 制御装置 ----------------------------------------------------------------------- 1600Kw 75Km/s MT39a HT56B LT113 非重連3段組合せ 電磁空気式 弱磁界制御 単位スイッチ EF13の撮影履歴など 子供の頃、新潟へ夏休みに行っていました。上越線で車窓から見えたはずですが、 見た記憶がありません。 EF13を撮影した時期は、1973年頃からなくなるまででした。 ただ、全廃時には特別列車が運転された記憶はありません。 いつの間にか消えていったという印象でした。 撮影した頃の配置区は新鶴見区と八王子区でしたが、八王子区に属していた車両に未撮影があります。 EF13はついでに撮影したということで、どの号機が撮れていないかは認識していましたが、 そのために出かけることはしませんでした。 新鶴見区のカマは東海道線も運用範囲なので全部撮っています。 しかし、八王子区のカマは山手貨物線沿線に撮影に行った時にたまたま撮ったものが多かったので、 撮れないのがあったと言うことになりました。与野駅は山手貨物線、武蔵野線の両方が撮れて効率が よいのでよく行きました。こういう場合は、市川に泊まって、津田沼始発の一番電車で出かけたりし ました。 なお、未撮影の号機は今のところ11、14、17です。(写真が見付かるかも知れません?) EF13の履歴 機号 製造 新製配置 車体改造 EF58 1948.3 1955.3 廃車日 -------------------------------------------------------------------------- 1 1944.10H 1944.11K 1955.05T 4 水上 水上 1977.05.06新 2 1944.11H 1944.12K 1955.07K 23 水上 水上 1978.12.09立 3 1944.12H 1944.12K 1955.09K 21 水上 水上 1979.11.13新 4 1945.03H 1945.03K 1956.03T 27 水上 水上 1978.10.08八 5 1945.03H 1945.03M 1957.03H 5 水上 新鶴見 1978.09.13新 6 1945.06H 1945.07K 1953.10H 28 水上 新鶴見 1978.05.29立 7 1946.01H 1946.01K 1956.04H 30 水上 新鶴見 1977.07.05新 8 1946.02H 1946.02K 1953.03H 11 水上 甲府 1977.07.05新 9 1946.02H 1946.02K 1953.03K 12 国府津 甲府 1977.07.05新 10 1946.03H 1946.04D 1954.03H 29 長岡二 新鶴見 1978.02.20立 11 1944.10K 1944.11K 1954.05K 16 水上 水上 1978.10.24八 12 1946.12T 1946.12K 1956.12T 6 水上 水上 1977.06.16八 13 1947.01T 1947.02K 1953.10T 20 水上 新鶴見 1978.06.09八 14 1947.03T 1947.03K 1955.10H 9 国府津 水上 1978.11.21八 15 1947.04T 1947.04K 1954.08M 18 長岡二 新鶴見 1978.08.16八 16 1946.05H 1946.05D 1953.03T 10 国府津 甲府 1977.02.08八 17 1946.05H 1946.05D 1956.10H 14 国府津 新鶴見 1978.08.16八 18 1946.07H 1946.08K 1956.10K 24 国府津 新鶴見 1978.10.20八 19 1946.08H 1946.08K 1955.09T 15 国府津 新鶴見 1977.02.08八 20 1946.09H 1946.09K 1953.08K 25 国府津 新鶴見 1977.07.05新 21 1946.09H 1946.09K 1954.08H 19 高崎二 甲府 1979. . 新 22 1946.10H 1946.10K 1954.09T 7 高崎二 新鶴見 1979. . 新 23 1946.11H 1946.11K 1955.03T 1 高崎二 新鶴見 1978.10.20新 24 1946.11H 1946.11M 1955.03H 2 高崎二 新鶴見 1979.02.26立 25 1946.12H 1946.12M 1955.05M 8 高崎二 新鶴見 1979.03.18新 26 1947.01H 1947.01M 1956.08H 26 高崎二 新鶴見 1978.06.28八 27 1947.03H 1947.03M 1954.09K 13 高崎二 新鶴見 1979.01.24立 28 1946.01T 1946.02K 1954.03T 31 長岡二 新鶴見 1978.05.29新 29 1946.06T 1946.06K 1954.11H 22 国府津 新鶴見 1978.11.09八 30 1946.08T 1946.08D 1956.08T 17 国府津 新鶴見 1978. . 新 31 1946.11T 1946.12K 1957.03H 3 国府津 新鶴見 1977.07.05新 -------------------------------------------------------------------------- 移動 EF13-2 新→八 1977.06.20、八→立 1978.09.06 EF13-27 八→立 1978.05.27 EF13-29 新→八 1978.06.07 (略号) 製造 H:日立、T:東芝、K:川崎 車体改造 H:日立、T:東芝、K:川崎、M:三菱 区名略号 K:国府津、M:水上、D:沼津 廃車日は 鉄道ピクトリアル「車両の動き」1975-1984を転記。 欠けている号があるので抜けている部分がある。 この部分は2006.12号記載の履歴表(杉田肇氏著)で補追した。 移動は 鉄道ピクトリアル「車両の動き」1975-1984を転記。 欠けている号があるので抜けている部分があるかもしれない。 1968.3の配置状況 新鶴見 14両 4、19−31 甲府 17両 1−3、5−18 1971.3の配置状況 新鶴見 12両 20−31 八王子 8両 4、13−19 甲府 11両 1−3、5−12 1973.3の配置状況 新鶴見 21両 1−3、5−10、20−31 八王子 10両 4、11−19 1975.3の配置状況 新鶴見 21両 1−3、5−10、20−31 八王子 10両 4、11−19 1979.3の配置状況 新鶴見 1両 3
上記1976.7.12は下記の運用でした。1976.10の運用表では受け持ちは東京区でした。 但し、1975.3のダイヤを見ると時刻は少し違っています。受け持ち区は未調査。 大宮操 蕨 川口 田端操 1496 5:09 ---(停車)->6:00 1497 6:47<--6:39 496 7:33 --------->7:53